アルコール依存症とAC

自分を過小評価しないで、また過大評価することなく、ありのままの自分を受け入れてくださいますように宜しくお願いします

アルコール依存は「心の檻」の問題です

アルコールは依存性の高い薬物物質のひとつです

長期間服用すると体に及ぼす影響は麻薬と同じです

本にそのようなことは書いてありますし、研修会でもそう教わりました

「アルコール依存は脳の病気」と聞くと脳が悪くて自分は悪くない

アルコールは化学物質だから毒である

何だかお酒が悪いように思われます

お酒は2000年以上も前からあります

聖書にも書いてありますし、上手に付き合えば全く問題がないのです

お酒を適度に飲んで楽しんでいる人は大勢います

必要以上にお酒は薬物だの、麻薬と変わらない、飲酒運転が増えている、飲酒に纏わる事件が多発している「お酒をやめなさい」と言わんばかりの投稿が増えてます

お酒が憎いのでしょうか?

お酒を恨んでいるのでしょうか?

この世からお酒がなくなればいいと思っているのでしょうか?

アルコールには毒性になりうる側面を持っていますが、アルコール依存になる人は、明らかに「飲み方」が違います

アルコール依存症になったのは、酒が原因ではなく、自分自身に問題があった」からです

確かにアルコールの知識を身につけた方がいいです

世間でも幅広いアルコールの知識を知って貰いたいものです

しかし、「何故、依存症は増えているのか」を根本的に突き止めていかないと、お酒に手を出さなくても他の依存性の高い物質やプロセスに手を出します

あくまでも心の問題だと思います

ある冊子に書いてありましたが、引用させて頂きます


箱の中にネズミを一匹入れてアルコールの入った水と普通の水を与えると、ネズミは死ぬまでアルコールの入った水を飲み続けます

だが、複数のネズミを入れて、箱も大きくして芝生を植えたりおもちゃを入れると、ネズミはアルコールの入った水は飲みませんでした

普通の水を飲んで暮らしました

一匹のネズミは狭い檻の中で、孤独と怯えを感じて別の安らぎを求めてアルコールに手を出したのでしょう

広い芝生の上で他のネズミと恋人も作れる環境の中で生きてるネズミは、アルコールに手を出さずに丸で楽園のように心地好く暮らしているのです

僕ら人間もそうではないでしょうか

生きている幸せを実感できないと人は孤独を感じて別の安らぎを求めていく習性があります

それが依存性物質やプロセスではないのでしょうか