アルコール依存症とAC

自分を過小評価しないで、また過大評価することなく、ありのままの自分を受け入れてくださいますように宜しくお願いします

僕の高校時代(お酒飲み始めた頃)

飲み始めたのは高校生の時でした

父がアル中でしたので、何時もお酒は身近な存在であり、飲める体質も受け継いでいたのでしょう

高校生の頃は体育祭や文化祭の二次会ぐらいでしか飲みませんでしたが、飲み始めるとトコトン飲んでゲロを吐いてました

友達に介抱されたのはよく覚えていますが、何故か飲み会の会話は誰かがテープレコーダーで録音してたのが流行りでした

後日学校で飲み会での録音を再生して皆で聞いてましたが

僕が一番目立っていました

その頃の僕の飲み方は取り分け悪い方ではないのですが

ひとりではしゃいでは大騒ぎして隣の友達に絡み

最後は両手を上げて
「俺はチャンピョンだ!I am champion!」

と言った30分後にはゲロを吐いてました

それ以来アダ名が「チャンプ」でした(゚▽゚)

ひとりではしゃいでいたのは寂しかったからだと思います

家では家族の団らんというものがありませんでした

家族揃って一緒にご飯を食べながらテレビを見ることは殆どなかったのです


父はお酒を飲んでは母にくだを撒き散らし、母と口喧嘩が絶え間なかったのです

僕は隣の部屋で聞こえない様に耳を塞いだり、隔てたふすまの側で泣いていたのを覚えています

母は父のアルコールの問題に関わりたくなく、何処かで時間を潰すことが多く、僕が高校生の時には帰ってくる時が遅くなることもしばしばでした

他の男性がいた可能性があったと思います

父が仕事で不在の時には、母は男性らしき人と長電話をしてたのを覚えています

電話は僕の部屋の隣に設置してあったので、母が電話口で男性らしき人との会話の声が嫌で、耳を塞いでいたこともありました

僕には兄が二人いましたが、長兄は僕が小学校の時に、高校を中退して家を出て働きに出ました

家を出たのは、父と母のいる家に居たくなかったからです

母にも問題がありました

長兄から聞かされた話ですが、お金の散財が半端ではないのです

今で言う買い物依存症ですか

それだけでなく、人を嫌う性格の持ち主で友達が少なかったようです

次兄は僕が高校生の時に高卒で就職しましたが、半年で退職してしまいました

元々気が弱く高校生の時に先輩に虐められた形跡があり、退職後からは精神がおかしくなり、🏡で暴れるようになったのです

「みんなが俺の悪口を言っている」
と被害妄想を起して表情が歪んできました

父が飲んだくれて救急車を読んだこともありますが、その度に近所の人から父が救急隊員に運び出される姿を白い目で見られるのが堪らなく辛かったです

「お願いだから救急車を呼ぶ時はサイレンを鳴らさないように」

と頼んでも消防署は規則ですからと断わられて、必ずサイレンを鳴らします

「恥ずかしい、また近所の人から白い目で見られる」

この頃からでしょうか、世間体や人の顔色ばかりを伺う習性が身に付きました

父の付き添いで学校を遅刻したり、欠席したこともありますが

先生には「母の体調がよくなく介抱してました」

と嘘をつきました

本当の事を言えば

「何だお前の親父さんはアル中か」

と言われたり思われたりするのが嫌だったのです

家庭の事を誰にも相談したことはないです

自分にとって都合の悪いことは隠して嘘をつくことを身につけた

と言うよりは

本音を吐かなくなってしまったと思います


それと父が飲んだくれて会社を休みがちでしたので、安定した収入が得られず貧乏な生活でした

着るものは兄貴のお古

あっちこっち汚れてたりシワが寄ってたり、ほころんでいたりして、そんなお粗末な服に着替えている姿を同級生に笑われ惨めな思いでした

「みんな良い物着ているな、アディダスやプーマ、アシックス等メーカー品を親から買って貰っている」

「羨ましい」


うちはアパートに住んでいましたが、住んでいる所が新興住宅地域でしたので、周りは一軒家ばかりでした

ある同級生と帰り道が同じ方向でしたので一緒に下校して、僕が住んでいるアパートを見たら「おんぼろアパートに住んでいるのか」

と馬鹿にされた時は何とも言えない気持ちでした

「貧乏は嫌だ」

「俺は高校を卒業したら東京に働きに出て、お金を稼いでやる。世の中を見返してやる」

そう息巻いていた自分がいました

でも今こうしてブログを書いて

自分には全く否がなく

全ては両親や兄のせいにしていると思われますが

自分が捻くれた感情と心が歪んだのは

自分が弱かったからです

家庭環境が悪くてもそれをバネにして立派に育った人もいるのです

自分にはそれをバネにすることはなく、自分の弱さを直視する勇気がありませんでした

ただ息巻いては意地を張り、見栄を張り、空元気で世の中を渡り、自分に起こった事実を真摯に受け止めることができなかったのです

その埋め合わせは何時もお酒でした…