アルコール依存症とAC

自分を過小評価しないで、また過大評価することなく、ありのままの自分を受け入れてくださいますように宜しくお願いします

底つき体験とは

底つき体験という言葉と意味はお酒を辞めて3年経ってから初めて知りました。

僕にとっての底つき体験は6年前の3回目の急性膵炎のときです。

今年の正月にFacebookで、その方は現役の精神科の看護師でもあり、アルコール依存にかなり詳しく知名度の高い方なのですが、僕がある著名人と会話に割り込み「底つき体験の定義」やら何やらで僕の意見を否定してきました。

僕自身はアルコール依存症はアルコールに関する知識があれば、酒が止まるとは思ってません。

知識はあるから必ず止まるとは思ってないです。
自分と向き合ってもお酒が止まらない場合もあります。

底つき体験の意味を知ったから酒が止まるのはナンセンスたと思います。

先ず飲んでいる頭で底つきが分かるのだろうか?
例え頭がクリアーでも自分がどの辺が底つきだと悟るのができるのだろうか?

アル症本人が何処が底つきだと分からないのに、家族が分かるのでしょうか?

家族と言えども人生観や価値観の違いがあります。
親子でも夫婦でも違いがあります。

離婚届を叩きつけられてお酒を辞めた人もいれば、孫ができて可愛くて仕方ないからお酒を辞めた人もいます。

酒が原因で死んでしまった人も沢山います。

体を壊さず、家庭や社会にも問題を起こさないでお酒を辞めた人もいるのです。

人生十人十色ではないのでしょうか?

心の問題に型に嵌めた理論は必要なのでしょうかね。

知識階級や著名人にはそういう傾向が強いです。

僕が言いたいのはあくまでもアル症の底つき体験です。

お酒辞めて何年も経ってから底つきを語れるのではないでしょうか?

しかしです、僕は3回目の急性膵炎が底つきだと言いましたが、またいつかスリップして底を突き破るかもしれないのです。

Facebookの方では著名人の人が僕の方を持ってくれて助かりましたが、それがきっかけでFacebookではお酒に関する議論は一切辞めました。

直ぐにムキになる自分です。
こうして書き記したのは、自分の方が正しいと認めて貰いたいからです。

相変わらず承認欲求が強いです( ̄∀ ̄;)