アルコール依存症とAC

自分を過小評価しないで、また過大評価することなく、ありのままの自分を受け入れてくださいますように宜しくお願いします

自分が飲んでいた時の姿は、自分もりも周りの人の方がよく分かっている

おはようございます

 

新しい恵みの朝をありがとうございます

 

昨日、市役所で近所の知り合いの女性に会いました

 

何年振かなあ、その女性とよくお酒を飲みました

 

でも僕とは違って殆どお酒を飲みません

 

生ビール一杯で顔が赤くなり、後はおしゃべりやカラオケが大好きな人でした

 

女性の前ではだらしがない格好は見せないと

 

思っていた筈なんですが

 

昨日の話では、僕の飲み方は全部お見通しみたいでしたね

 

僕と違って飲み方が違うし、飲んでも一杯だけで素面に近い状態でしたから

 

僕がお酒を辞めたことは知っていたみたいです

 

「もうお酒は少しも飲んでないんだよね、顔色がいいよね」

 

「そうだよ、もう8年目になるよ」

 

「偉いよね、よく辞めれたよね。あのままいったら死ぬんじゃないかと心配してたよ」

 

彼女の口調と表情から、僕のお酒辞める直前のどうにもならない酷い状態を見ていたと思う。

 

多分、救急車で運ばれたことも聞いたのだろう。

 

そう思った瞬間

 

「飲んでいた姿は、自分よりも家族や周りの人の方がよく見えていた」と

 

自分の体は自分がよく知っているというは

 

自分が平常心を保っている時で

 

アルコール塗れで脳が錯乱している状態では

 

記憶が飛んでいたりしてよく分かってなかった

 

飲んでいた時の自分の体の状態は

 

自分が思っていた以上に深刻であったのろう

 

彼女の言葉でよく理解できた

 

苦手な役所に行ってきます

おはようございます

 

新しい恵みの朝をありがとうございます

 

今日の仕事は雨で中止ですが

 

昨日、夜遅く依頼主から電話があったのです

 

「市役所から剪定している木には市の所有物もある。市の財産だから勝手に切ってもらっては困る。どこを切るのか書類に書いて提出してくれとのこと。それと道路に面した作業は通行人に支障がないよう誘導をしているか。高所作業での安全対策を報告してほしい」とのクレームのことでした

 

依頼主の各自治会は市からの許可を得てないみたいです

 

そもそも市が予算を出し渋り、剪定しなくなったことで

 

では自分たちでやろうと立ち上がったのですが

 

手の届く所は出来るのですが、高い所は怖くて無理だということで

 

僕に依頼があった経緯があるのです

 

何だか市役所に行ったら、揉めそう

 

僕には非がないが、どこまで頭を下げられるか

 

しかし相手は嫌いな役所

 

「神様どうか見守ってください」

 

これから朝ご飯を食べて行ってきます

 

今日1日が良い1日となりますように

 

 

 

神の意志が働いた瞬間

どうしても赦せない人は何人かいます。

 

それをノートに書いて、どういう理由で憎んでいるのかを書き留めてます

 

いわゆる「恨みのリスト」です

 

そのうちの半分はもう二度と会うことはないですが、たまに思い出すことはあります

 

どう自己吟味しても相手の方が悪いのです

 

大抵は自分を辱めたり、大喧嘩した人です

 

僕は根に持つタイプです

 

「赦せない自分を赦す」のはなかなか難しいですよね

 

なるべく距離を置くようにしてます

 

今日、そのリストのひとりと会いました

 

近所に住んでいて、10年以上前に自治会の祭りの準備の場でひつこく馬鹿にされたのを根に持っているのです

 

相手は言い過ぎたと謝ってくれましたが、僕は赦さないのです

 

相手はそこまで自分のことを嫌ってはいません

 

僕の方が一方的に憎んでいるのです

 

今日会ってどんな態度で出てくるか興味津々でしたが、久し振りに会ったせいもあるかもしれません

 

実際に会話をしてみると

 

過去のトラブルは消え去ったのごとく

 

お互い笑顔で話しました

 

「俺、何でこの人を憎んでいたんだろう」

 

自分が勘違いしてたのかと思って

 

わだかまりも消えて

 

しかも、仲良しになったのです

 

僕自身はリストを書いた多少の効果があったのだと思います

 

それは赦せない人に決して忘れることなく何時か復讐するためでなく

 

それは何時かは赦せる日が来ると信じて書き留めたからです

 

「自分には罪がある」と

 

告白の意味があるからです

 

もし、赦せないのなら

 

神様が「赦し」を与えてくださると信じてました

 

そう、今日相手を赦せたのは

 

そう、「神の意志」が働いた瞬間であったと

 

「神様ありがとうございます」

 

と感謝のお祈りをしました

 

 

 

 

今年の梅雨は雨が少ない

おはようございます

 

新しい恵みの朝をありがとうございます

 

梅雨入りしてからは雨が少ないので、各地の川が干上がって深刻な問題になってきてますね

 

でも僕自身としては助かっているのです

 

外でする仕事なので、雨が降ると出来ない場合があります

 

今年の6月は順調に進んで定期の仕事も後2日だけになりました

 

実は、元請けが脱税で捕まり会社が倒産してしまったのです

 

僕はその会社から請け負いで仕事しているのですが、仕事の量が半分に減ってしまったのです

 

減った分は他の同業者に手伝いに行ってますので生活には困ってませんが、老後のことも考えて空いている時間は営業に回ってます

 

その成果もあり、近所の自治会から剪定の依頼があったのです

 

知り合いというのと、自治会の運営費で賄うので安く請け負いましたが、これが切っ掛けで他からも依頼があることを期待してます

 

剪定は余りやったことがないのですが、高所作業の仕事をしているので、高い所は平気なのです

 

だから手の届かない指定された高い部分だけを剪定し、自治会の方々も一緒に手伝ってくれるので仕事としてはそれ程ハードではないのです

 

早速月曜日から予定は十日程

 

頑張ります!

 

今日1日が良い1日となりますように

お酒を飲む夢は飲酒欲求のあらわれか?

おはようございます

 

新しい恵みの朝をありがとうございます

 

お酒辞めた1年間はよく「お酒を飲む夢」を見てました

 

飲酒欲求はないつもりの筈ですが

 

「夢は正直」と言うので、飲酒欲求がないというのは嘘で

 

心の奥底では本当は飲みたがっていると

 

自分自身を疑い、お酒を飲んだ夢を見た朝は

 

罪責感に苛まれました

 

そして自分自身が悔しかった

 

「俺は今度こそ本当に酒を辞めたんだ。そして生まれ変わったのだ」

 

と心の中では何度も自分に言い聞かしておきながら、本当は酒を飲みたがっている自分が嫌になったのです

 

僕の親友が同じアル中で、僕よりも一年後にお酒を辞めたのですが、お酒を飲む夢は見ないのです

 

彼は自助グループには通ってないのです

 

でも僕は通ってました

 

「先にお酒を辞めて自助グループに通っている自分の方が、僕より後にお酒を辞めて自助グループに通っていない人よりも回復が遅れているのか」

 

それが堪らなく悔しかった

 

何の為に自助グループに通っているのか意味が分からなくなってしまったのです

 

悔しさを胸に、入院中にお世話になった主治医(アルコール専門病院の院長)に相談しました

 

そしたら以外な説明でびっくりしました

 

「断酒直後によくお酒を飲む夢に関しての相談はよく受けています」

 

「〇〇〇〇さん、夢というのは『自分と変えたい、未熟な自分を切り捨てたい』願望が夢となって出てくることはあります」

 

「お酒飲む夢は恐らく、どの部分に問題があり方向を変えるのかを過去に遡ってフィードバックすることがあるのです」

 

「それとお酒を飲む夢を見たからと言って、その後に飲酒したという話は全くと言っていいほどありません。だからお酒を飲む夢が必ずしも飲酒欲求のあらわれではないのですよ」

 

僕はこの言葉で悩みが一気に吹き飛んだ

 

確かに実際にお酒は飲んでない

 

「お酒飲む飲む夢を見たときは、何時もより自分を変えたい願望が強い時だ」と思うようになったのです

 

専門病院を出た時見上げた青空が

 

何時もより余計に青く見えました

 

今日1日が良い1日となりますように

 

 

追伸

 

「普通に飲めたらなあ」と思うことはありますよ😁

「人は短所ではなく、長所で悩む」

確かに当てはまります

 

僕は一流大学を出て大企業に入って出世したかったけど、結局は高卒で小さな会社勤めにしか入れなかったから、高学歴やエリートを妬んでます

 

自分より仕事が出来る同僚に嫉妬するのは、自分も仕事で頑張って偉くなりたいと思っているからです

 

でも他の分野の仕事が出来る人には全然嫉妬しません

 

中国語を話せる人には「凄いなあ」と感心しますが、英語を話せる人には嫉妬します

 

僕は学生時代の英語の成績が良くて少しは英語が話せたからです

 

絵描きさんやピアニストには全然嫉妬しません

 

むしろ尊敬してしまいます

 

自分には到底できないことなので…

 

そう考えると自分の得意とすることの方が悩む傾向があります

 

低い自己評価と高い理想

 

これが強い劣等感を生み出しているのでしょうね

 

 

 

 

飲まない1日は特別な1日

おはようございます

 

梅雨入りしましたね

 

でも外は半袖一枚だと肌寒い朝を迎えました

 

新しい恵みの朝をありがとうございます

 

今日も飲まない特別な1日を迎えられますように

 

アル中にとっては飲まない1日がどれほど大変で難しいかは

 

アル中にしか分かりません

 

またその1日を達成した喜びもアル中にしか分からないのです

 

お酒を飲まない人や適度にお酒を飲める人には

 

 

「そんなの当たり前」としか思いませーん

 

「当たり前」の反対の言葉は「稀であり、奇跡であり、有り難い」なのです

 

そうアル中がお酒を飲まない1日は

 

正しく「奇跡であり、特別であり、有り難い」のです

 

だから飲まない1日を終えた喜びというのは

 

何とも言えない充実感で満たされているからです

 

それは「当たり前」としではなく「特別な日」

 

と受け止めているからこそ

 

更に感謝の気持ちが芽生えてきます

 

「飲まない1日は有り難いことです」

 

一般の常識には振り回されないことにしてます

 

飲まないアル中が常識的に思えることが

 

世間では非常識とまではいいませんが、常識的でないことは多いのです

 

だから飲まない1日がどれほど大切かはアル中にしか分からないのです

 

その特別な1日も積み重ねて何年も経つと

 

何だか「当たり前」のように思ってしまうと

 

それは驕りであり、油断であると僕自身はそうとります

 

だから毎朝が「新しく生まれた」と思えるなら

 

何時も新鮮な気持ちで1日を迎えられるのでしょう

 

「自分が変わりたいと思ったその日から変われる」

 

と信じてます

 

今日1日が特別な1日となりますように